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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(ネ)129号 判決

控訴人 村田恒

被控訴人 岡田房一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。金沢地方裁判所が同裁判所昭和三五年(ヨ)第三一号仮処分命令申請事件につき、昭和三十五年二月二十四日為した仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、当事者双方において次のとおり附加したほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

一、控訴代理人は

(一)  控訴人が原審以来主張するところは、被控訴人の製造販売する原判決書添付の別紙第一、第二に各該当する物件(以下単に別紙第一、第二の物件と略称する)はいずれも控訴人の有する登録第三九九五四五号、同第四五七〇九五号の実用新案権の両方若しくはいずれか一方を侵害するということである。原審はこれを誤解して別紙第一の物件が登録第四五七〇九五号額縁の実用新案権を侵害するかどうかについての判断を遺脱した。

別紙第一の物件は本件登録第三九九五四五号実用新案権の考案の要旨である「撚紐を型に巻付け硬着剤を塗布して硬着する」点を利用して作られたもので、この重要部分が一致する以上外形が籠または盆であつても実用新案権の侵害になることは明らかである。しかも盆も籠も容器であることにおいて共通である点を考慮するとき、その侵害になることは一層明らかであり、又この盆は被控訴人がこれにかけ紐をつけ壁飾りにも利用できるようにしているから、これは登録第四五七〇九五号の実用新案権をも侵害するものということができる。被控訴人が右盆と類似した盆について、登録請求の範囲を「糸底を有する半球状彎曲体の木地の下面の糸底の周辺部より紙揉を捲曲して木地下面を被覆し紙揉を更に木地の周辺を超えて捲曲して盆体を形成すると共に盆体を彎曲して波状に形成し更に盆体外端部に紙揉を縄状に撚合した条線を以て縁取してこれに塗装した盆の構造」として登録出願をなしたところ、特許庁から既出願の発明の権利を使用するものと認められた場合における「考案相互の関係の項をもうけ、実施の態様を記載されたい」旨の指示を受けることなくして、昭和三十四年十月五日出願公告すべきものと決定されたと主張するよりであるが、被控訴人の右特許出願の内容は別紙第一の物件(盆)と類似しているものでなく全然別個のものである。右出願にかゝるものはこの種物品に類例のない紙揉と称する特殊材料を使用していることになつているが、被控訴人の製造にかゝる盆は紙揉なる材料は全然使用せず、紙撚紐を捲曲して構成したものであつて、被控訴人が出願公告を受けたものとは考案要旨の主要部分が明らかに相違する全然別個の物件で、控訴人の実用新案権の内容を利用したものである。(被控訴人出願内容のものでは製品にならない)、なお、被控訴人の出願は本件物件(別紙第一、第二の物件)と別個のものであるが、若し被控訴人が実際上作つているものが、紙揉と紙紐とが類似するものとの考えであるならば、これは当然控訴人の本件実用新案権に牴触するものである。公告決定に「考案相互の項」をもうけなかつたのは、右両者は表面的には別個のものであることゝ、更に特許庁の実際の運用においては、他人の実用新案を実施することを内容とする出願の場合は相互の関係は記載しないのが実情であるからである。控訴人は現在被控訴人の右出願公告に対し出願前公知のもの、若しくは実施不可能のものとして特許庁に異議の申立をしているものである。

被控訴人は以前控訴人が本件実用新案権の利用を許可していた訴外吉田一慶と共同で本件実用新案権を利用していたが、右吉田一慶と別れた後も同一のものを製作し、それが控訴人の権利の侵害となることを隠蔽するため、実施する意思もなく、又実施不可能な考案の出願をしているものである。

従つて、被控訴人の非違は明白である。

(二)  被控訴代理人の後記主張事実中控訴人の従来の主張に反する部分はすべてこれを否認する。

本件実用新案権は訴外亡八田善光の生前において、控訴人が同人から直接に譲受けたものである。」

と述ベ

二、被控訴代理人は

(一)  控訴代理人の前記主張事実中、被控訴人の実用新案出願公告に対し、控訴人が異議を申立て現在審理中であることは認めるが、その余の事実は被控訴人の従来の主張に反する部分はこれを否認する。

(二)  控訴人は本件二件の実用新案権(登録第三九九五四五号及び同第四五七〇九五号)の権利者ではない。

控訴人に本件実用新案権を譲渡した前権利者訴外八田善光は昭和三十三年十二月十日死亡し、その死亡後本件実用新案権の譲渡行為がなされた。よつて次の二法律行為を分けて考察する。

(イ)  移転登録申請手続を構成する法律行為

本件二件の実用新案権について登録原簿では前権利者訴外八田善光と控訴人との間の移転登録申請手続は昭和三十四年二月七日為されているが、その時には前権利者訴外八田善光(登録義務者)は既に死亡しているから、死亡者の為した法律行為は当然無効と言わなければならない。

移転登録申請が無効であれば、本件実用新案権についての訴外八田善光より控訴人に対する移転登録手続はなされなかつたものというべきである。従つて、控訴人は本件実用新案権者としての権利を行使することができないものである。(実用新案法第四条、同法施行法第二十四条参照)

(ロ)  譲渡行為(登録原因)

前記登録原簿によると昭和三十三年十月一日前権利者と控訴人との間に譲渡が為されたこととなつているが、前権利者訴外八田善光は同年三月より国立病院に入院し、十月一日頃は重症でかゝる法律行為はできないものである。同人に附添つていた同人の妻は左様なことはないと断言している。してみると、前権利者訴外八田善光の死亡後日附を遡らしめてその譲渡証が作成されたものというべきで、右譲渡も無効であると言わなければならない。

以上の次第で、控訴人は本件二件の実用新案権の権利者ではないからこの点のみで控訴人の請求は理由がない。

(三)  別紙第一の物件が登録第三九九五四五号実用新案(籠容器)の権利に牴触するかの点について。

右権利の登録請求範囲は「図面に示す如く紙又はセロハン軟質合成樹脂線条麻糸等を二条ないし数条撚り合せて成る撚糸又は撚紐(1) を型(2) の表面に沿いて巻きつけ合成樹脂の溶液(3) を塗布し相互硬着せしめた籠容器の構造」であることは実用新案公報の示すとおりである。

そこで、その権利の構成要素を摘記すると、〈1〉図面に示すとおりのものであること、〈2〉紙又はセロハン軟質合成樹脂線条麻糸等を二条ないし数条撚り合せて成る撚糸又は撚紐(1) を使用すること、〈3〉前記(1) を型(2) の表面に沿つて巻きつけること、〈4〉合成樹脂の溶液(3) を塗布し相互硬着せしめた籠容器の構造であること。以上〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉を不可欠の構成要件とし、その何れを欠くも権利を構成しないのみならず、第三者が構成要件の一を欠くものを製造しても権利侵害とはならない。

そこで、必要な各要素について詳述しながら別紙第一の物件とを比較する。

(イ)  型(2) の表面に沿つて巻きつけること(前記〈3〉)について、本権利におけるその型は説明書の実用新案の性質、作用及び効果の要領の項に記載してあるとおり必ず脱出することを要するのである。ところが、別紙第一の物件は木地の下面糸底周辺部より木地に沿つて紙紐を捲曲して木地下面に被覆按着するのである。この点において根本的にその考案要旨を異にしている。更に説明書実用新案の性質、作用及び効果の要領の項に「縦骨を使用せずして籠編と同様の観を有し」と明記し、本願においては木地や骨のない常識的な籠であることを特徴としているのである。

なお本権利において物品の構造の外に前記のように型(2) の表面に巻きつける製造工程を権利の要件としているが、これは実用新案としては許されないことではなく、従来右のような判例や審決例がある。「実用新案の型がその製作工程によつて始めて新しい工業的効果を挙げるものであるときは形態工程を一括して実用新案の目的とすべきである」(昭和八年六月九日言渡同年(オ)第四五一号判決、昭和九年(オ)第一三三七号同年十一月二十二日言渡第一民判決)、「実用新案類否の判断を為すに当つてはその製作手段を無視することは出来ない」(昭和二八年審判第一二六号、同年十一月三十日審決)

(ロ)  本権利は籠容器の考案である。

本権利に該当する物件については特許庁は類別して第百三十二類、容器C、9かごに該当せしめている。又別紙第一の物件について特許庁は第一二九類飲食具、食卓用品A、2、わん、ぼんの類に該当せしめている。

従つて、特許法上は彼此物品を異にしているものであり、又常識的に見て籠と盆とを同一物件視することはできない。籠の権利で盆を差止めることはできない。

(ハ)  図面に示すとおりのものでなければならない。

本権利は特許権でなく実用新案権であつて新規な型を主眼にして考案されている。(本権のように製造工程をも権利範囲に含入せしめる場合もある)従つて、図面に示す考案物件を変形せしめて無限のバリエーシヨンを設定してはならない。実用新案として許可になつたのは図面に示す一物件に過ぎない。

控訴人は勝手に品物の類別を変えて拡張し図面に示す形態をも変えて無限に広く解釈するが、これは許されない。

以上の次第であつて、如何なる点から考えても別紙第一の物件は登録第三九九五四五号実用新案権の権利の範囲に属しない。

以上の見解は特許庁の審査部においても採用しているのである。そのことは原審で主張した如く、特許庁が別紙第一に示す盆と酷似したものを許可したのみならず、更に考案相互の関係の項の記入を指令せず公告決定したことに徴し明白である。

控訴人は出願者が「紙揉」と書いて「紙撚り」と書かなかつた点から別紙第一の物件と今度許可になつた援用出願の物件と異ると主張する。しかし、「紙揉」とは紙を揉んで密度を大にしたものを総称する積りで使用したもので、仮りにこの用語が不熟であつたとしても現品は図面に明記してあるから、特許庁が別のものを考え、別種のイメージのもとに公告決定をしたとは考えられない。右の主張は理由がない。

控訴人は更に特許庁は現実の問題として他人の実用新案権を実施する場合には考案相互の関係の項を設けしめないのが通例であると主張する。しかし特許庁は他人の権利を使用するから考案相互の関係の項を明記するようにと指示して来ていることは実例の示すところであり、特許庁は物品別に掲示図面に準じて細かな実用新案権を与えることにしているのである。しかるに物品の種別並びに図面を無視する控訴人の主張は特許庁の審査方針と相違するもので理由のないものである。

四、別紙第一の物件が登録実用新案第四五七〇九五号額縁の権利侵害であるとの主張について。

控訴人は仮処分命令申請書添付の別紙第一の物件の下に明瞭に登録実用新案第三九九五四五号籠容器を侵害する物件と明記し、(別紙第二の物件の下には登録第四五七〇九五号額縁を侵害する物件と明記し)更にその提出の鑑定書(甲第三号証の一)も別紙第一の物件を別に取扱つているのである。従つて原審はその主張に基いて判断したもので判断の遺脱はない。

してみると、控訴人の別紙第一の物件は登録第四五七〇九五号額縁の権利に牴触するとの主張は当審で新に追加したことになるものというべく、このように第二審になつて別の請求原因を加えることは許されない。その必要があれば新に第一審に別の事件を提起すべきであるからこの主張は理由がない。

しかし、念のためにその主張の内容そのものについて附言する。常識的に言つても絵と盆や皿とを同一に考えることはできない。絵はそれ自体を鑑賞するもので、盆や皿はその上に物を載置するもので、その用途も品目も異なる。従つて額縁の実用新案権を以つて盆を差とめることはできない。殊に別紙第一の物件には絵として鑑賞しうるような芸術的なものは書いてないのみならず通常の盆として使用するように糸底の所迄つくつてある普通の盆である。この意味でも控訴人の主張は理由がない。

又特許庁の取扱分類としても前記のように別紙第一の物件は第一二九類飲食具、食卓用品A2、わん、ぼんの類に属するのに比し、登録実用新案第四五七〇九五号額縁は第一三一類儀禮装飾B22額縁の類に入れられており、両者完全に異つた取扱がなされているこの意味においても控訴人の主張は理由がない。

更に登録実用新案第四五七〇九五号額縁の説明書には「枠体(2) は硝子板(4) を嵌め裏板(5) を取付け額縁として使用する」と額縁の使用方法を説明しているので、これを無視することは許されない。この使用方法を除いて本権利の額縁は考えられない。

従つて、別紙第一の物件と本権利の物件とでは完全に使用方法が異るからこの点から言つても控訴人の主張は理由がない。

と述べた。

疏明として、控訴代理人は、疏甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第十三号証を提出し、原審並びに当審証人大野喜久男、同宮田庄太郎、原審証人八田為吉、同吉田一慶の各証言、当審での控訴人の本人尋問の結果、及び当審での検甲第一号証の検証の結果を授用し、疏乙第六号証の一ないし八、同第七号証の成立は各認めるが、その余の疏乙号各証の成立はいずれも不知であると述べ、被控訴代理人は疏乙第一ないし第五号証、同第六号証の一ないし八、同第八号証を提出し、原審並びに当審証人岡田健嗣、同松井順孝、当審証人巽谷秀雄、同八田為吉の各証言を援用し、疏甲第三号証の一、二、同第四号証、同第六号証の成立はいずれも不知、その余の疏甲号各証の成立はいずれもこれを認める、と述べた。

理由

成立に争のない疏甲第一、二号証、疏乙第七号証に当審証人八田為吉の証言及び当審での控訴人の本人尋問の結果を綜合すると、訴外亡八田善光はもと登録第三九九五四五号籠容器及び登録第四五七〇九五号額縁の各実用新案権を有していたが、昭和三十三年十月一日これを控訴人に譲渡し、その頃その移転登録手続方を控訴人に依頼し、移転登録義務者としての登録委任状に押捺すべき印鑑を交付したが、その移転登録手続を経ないうちに同年十二月十日死亡するに至つたこと、控訴人は右善光の死亡後である昭和三十四年二月七日前記善光の印鑑を使用して登録義務者八田善光名義で右各実用新案権の取得登録手続を了した(昭和三十四年二月七日付で控訴人に各実用新案権の取得登録がなされたことは当事者間に争がない)こと、控訴人の右取得登録については善光の相続人らにおいて別段異存がなかつたこと、が認められる。ほかに、右認定を動かすに足る証拠がない。

ところで、被控訴代理人は死亡者の為した登録申請手続は当然無効であると主張する。なるほど、死亡者訴外八田善光名義で為された右の登録手続は明らかに不適法のものというべきであるが、右登録の目的は実用新案権に関する現在の真実の権利関係を公示するにあるものであつて、控訴人が善光からその生前現実に該実用新案権の譲渡を受けたものであることが前認定の如くである以上、被相続人である善光を登録名義人として登録を受けるのと、その相続人らを登録名義人として登録を受けるのとは右の登録の目的を達するにおいて差異はないのであるから、その手続に瑕疵があるからといつて、これを以つて直ちに本件登録を無効と断ずることはできがたい。この点に関する被控訴代理人の所論は採用できない。

つぎに、登録第三九九五四五号、及び登録第四五七〇九五号の各請求の範囲がそれぞれ控訴人の主張するとおりの構造であること、被控訴人が別紙第一の物件(原判決書添付の別紙第一該当の物件、以下同じ、)を製造していること、原裁判所が控訴人主張のとおりの仮処分決定をなしたことはいずれも当事者間に争がない。

ところで、控訴代理人は別紙第一の物件が控訴人の有する登録第三九九五四五号籠容器の実用新案権を侵害するものであると主張するのでこの点について判断する。

原審証人宮田庄太郎の証言によつてその成立が認められる疏甲第三号証の一に添付された登録第三九九五四五号籠容器の実用新案権(以下本件籠容器と略称する)の図面と別紙第一の物件とを対照し、更に、同第三号証の一の一部、原審並びに当審証人松井順孝の証言によつてその成立が認められる疏乙第一、二号証、原審並びに当審証人岡田健嗣、同松井順孝の各証言を綜合すると、本件籠容器は「図面に示す如く紙又はセロハン軟質合成樹脂線条麻糸等を二条ないし数条撚り合せて成る撚糸又は撚紐を型の表面に沿いて巻き付け、合成樹脂溶液を塗布し、相互に硬着せしめた籠容器の構造」を登録権利の範囲とし、「相互硬着後は型を脱出させ、又中間膨出して型の脱出困難なものは割型として、出来上りは縦骨を使用せずして籠編と同様の観を有する」のが特長とするのに反し、別紙第一の物件は紙撚紐を型に巻き付け硬着剤を塗布して紙撚紐と型とを一体に硬着し型を脱出することのない構造の盆であつて、籠容器と目すべきものではないこと、即ち、前者は籠容器であるのに反し、後者は盆の考案でその形状を異にし、前者は型の表面に沿うて巻き付けた紙撚紐を硬着後に型を脱出することが構造上の要素になつているのに反し、後者は型を物品自体に取り付けたまゝにするものでその構造を異にすること、特許庁では実用新案を公報に掲載するに際しては物品を分類し、籠容器は第一三二類容器C、9かごの項目に属せしめ、盆は第一二九類飲食具食卓用品A、2わん、ぼんの項目に属せしめて、籠容器と盆とをそれぞれ独立した分類の項目にわけていること、被控訴人は昭和三十二年十二月二十七日別紙第一の物件と類似した盆について、登録請求の範囲を「糸底を有する半球状彎曲体の木地の下面の糸底の周辺部より紙揉を捲曲して木地下面を被覆し紙揉を更に木地の周辺を超えて捲曲して盆体を形成すると共に盆体を彎曲して波状に形成し更に盆体外端部に紙揉を縄状に撚合した条線を以て縁取して之に塗装した盆の構造」として登録出願をなしたところ、特許庁から既出願の発明の権利を使用するものと認められた場合における「考案相互の関係の項をもうけ、実施の態様を記載されたい」旨の指示を受けることなくして、昭和三十四年十月五日出願公告すべきものと決定されたことが認められる。

右認定事実に徴し、本件登録第三九九五四五号実用新案と別紙第一の物件とは、両者はいずれも紙撚紐を型に巻き付け、硬着剤を塗布して硬着する点において一致するけれども、前者は型の表面に沿うて巻き付けた紙撚紐を硬着後に型を脱出することを構造上の要素とする籠容器の考案であるのに反し、後者は紙撚紐を型に巻き付け硬着剤を塗布して紙撚紐と型とを一体に硬着し型を脱出することのない構造の盆の考案であつて、前叙の如き差異があるので両者は同一又は類似の考案と断定しがたい。

従つて、別紙第一の物件は登録第三九九五四五号実用新案権を侵害しないものといわなければならない。

右の判断にていしよくする疏甲第三号証の一、同第四号証、同第六号証の各記載、原審並びに当審証人八田為吉、同大野喜久男、同宮田庄太郎の各証言及び当審での控訴人の本人尋問の結果は当裁判所の採用しないところである。

なお、被控訴人の別紙第一の物件に類似する盆についての前記実用新案出願公告に対し控訴人が異議を申立て現に審理中であることは当事者間に争のないところであるけれども、右のような事実の存在も未だ右の判断の妨げとはならない。

更に、控訴代理人は別紙第一の物件が控訴人の有する登録第四五七〇九五号額縁の実用新案権を侵害するものであると主張し、被控訴代理人は右の主張は当審で新に付加された請求原因であつて許すべきものでないと抗争するので、先づその点について審究する。

申請(控訴)代理人塚本助次郎作成の昭和三十五年二月十七日付作成の仮処分命令申請書添付の別紙第一の物件の写真(原判決書添付の別紙第一の物件の写真と同一内容)の下に「被申請人(被控訴人)が申請人(控訴人)所有の登録第399545号を偽作した縄文漆器の側面」と記載されていることは本件記録上明らかであり、この事実に控訴代理人の原審での主張及び原審での本件口頭弁論にあらわれた弁論の全趣旨を綜合すると、控訴代理人は原審においては、「別紙第一の物件は控訴人の有する登録第三九九五四五号籠容器の実用新案権を侵害する」旨の請求原因で、本件仮処分決定の認可の裁判を求めていたもので、「別紙第一の物件は控訴人の有する登録第四五七〇九五号額縁の実用新案権を侵害する」旨、の請求原因を主張していなかつたことが明らかである。(従つて、原審においてこの点の判断を遺脱したとの控訴代理人の主張は採用できない)

ところで、控訴代理人の昭和三十五年八月二十二日付準備書面(該準備書面は当審第一回口頭弁論期日である昭和三十五年八月二十二日に陳述された)の一項中には「控訴人の主張するところは別紙第一、二の物件はいずれも登録第三九九五四五号、同第四五七〇九五号の実用新案権の両方若しくはいずれか一方を侵害するということである」と記載されてあるが、右は原審が別紙第一の物件が登録第四五七〇九五号の実用新案権を侵害するかどうかについての判断を遺脱したことを主張せんとして記述したゝめのものであることがその前段の記載により窺われるほか、その二項以下の記載の順序及び当審での本件口頭弁論にあらわれた弁論の全趣旨に鑑みるときは、控訴代理人の「別紙第一の物件は登録第四五七〇九五号の実用新案権を侵害する」旨の主張は、原審で主張した「別紙第一の物件は登録第三九九五四五号の実用新案権を侵害する」旨の主張が理由がない場合において予備的になす主張であると解するのが相当である。そして、このような予備的請求原因の追加の主張は、請求の基礎に変更なく、かつこれによつて著しく訴訟手続を遅滞せしめない限り控訴審においてもこれを許すべきものと解するところ、右本位的請求原因である「別紙第一の物件は登録第三九九五四五号の実用新案権を侵害する」との主張も、それから予備的請求原因である「別紙第一の物件は登録第四五七〇九五号実用新案権を侵害する」との主張も、ともに別紙第一の物件が権利侵害であることを主張して、本件仮処分決定の維持をはからんとすることに帰するもので、その主張する利益が同一であると解されるから、かゝる場合においては右の如き予備的請求原因を追加主張することは請求の基礎に変更を生ぜしめるものではないと解すべく、かつ控訴代理人は原審で「別紙第二の物件は登録第四五七〇九五号実用新案権を侵害する」旨の主張を為し、登録第四五七〇九五号実用新案権の内容についての主張並びにその疏明資料を提出して来たものであることは本件記録上明らかであり、右の予備的主張の追加も当審での第一回口頭弁論期日において陳述されたものである点、その他本件訴訟の経過に鑑みても、右の予備的請求原因の主張によつて、著しく訴訟手続を遅滞せしめるおそれのあることが認められないから、これを許すべきものといわなければならない。この点に関する被控訴代理人の異議は採用できない。

そこで、進んで、別紙第一の物件が登録第四五七〇九五号額縁の実用新案権を侵害するかどうかについて判断する。

原審証人宮田庄太郎の証言によつてその成立が認められる疏甲第三号証の二に添付された登録第四五七〇九五号額縁の実用新案権(以下本件額縁と略称する)の図面と別紙第一の物件とを対照し、更に同第三号証の二の一部、前顕疏乙第一、二号証、原審並びに当審証人岡田健嗣、同松井順孝、の各証言を綜合すると、本件額縁は「図面に示す如く(図面は四角形)一条又は数条の撚紙を枠体の周縁に沿いて任意形状に取り付けこれに生漆、ラツカー柿渋等を塗布浸透させ表面に塗料を塗布した額縁の構造」を登録権利の範囲とし、使用方法については「枠体は硝子を嵌め裏板を取り付け額縁として使用する」ものであり、額縁の絵はそれ自体芸術品として鑑賞することに価値があるものであるのに反し、別紙第一の物件は「紙撚紐を型に巻き付け硬着剤を塗布して紙撚紐と型とを一体に硬着した丸い盆の構造」で、その使用方法は物品を載置するもので、前者に比し、その用途も異なるほか、糸底の方から巻き始めて木地の下面を被覆し、更に木地の周辺を超えて捲曲するものであるので、前者に比し、剥離の危険性が極めて少い効果上の差異があること、特許庁での実用新案の公報に掲載する場合の分類においては、額縁は第一三一類儀禮装飾B、22額縁の項目に該当し、盆は前叙の如く第一二九類飲食具食卓用品A、2、わん、ぼんの項目に該当し、額縁と盆とはそれぞれ独立した分類の項目になつていること、被控訴人は昭和三十二年十二月二十七日別紙第一の物件と類似した盆について、前叙の如き登録請求の範囲として登録出願をなしたところ、特許庁から前叙のように「考案相互の関係の項をもうけ、実施の態様を記載されたい」旨の指示を受けることなくして、昭和三十四年十月五日出願公告すべきものと決定されたことが認められる。

右認定事実に徴し、本件額縁と別紙第一の物件とは、両者はいずれも紙撚紐を型に巻き付け、硬着剤を塗布して硬着する点において一致するけれど、前者は四角の形状の額縁の考案であり、後者は丸い形状の盆の考案でその用途、効果において前記の如く差異があるので、両者は同一又は類似の考案と断定しがたい。

従つて、別紙第一の物件は登録第四五七〇九五号実用新案権を侵害しないものといわなければならない。

右の判断にていしよくする疏甲第三号証の二、同第四号証、同第六号証の各記載、原審並びに当審証人八田為吉、同大野喜久男、同宮田庄太郎の各証言及び当審での控訴人の本人尋問の結果は、当裁判所の採用しないところである。

なお、被控訴人の別紙第一の物件に類似する盆についての前記実用新案出願公告に対し控訴人が異議を申立て現に審理中であることは当事者間に争のないところであるけれども、右のような事実の存在も未だ右の判断の妨げとはならない。

つぎに、控訴代理人は被控訴人が別紙第二の物件(原判決書添付の別紙第二該当の物件、以下同じ、)を製造し、控訴人の有する登録第三九九五四五号、ないし登録第四五七〇九五号の各実用新案権を侵害すると主張する。

右の主張のうち、別紙第二の物件が登録第三九九五四五号実用新案権を侵害するとの主張は申請(控訴)代理人塚本助次郎の昭和三十五年二月十七日付作成の仮処分命令申請書添付の別紙第二の物件の写真(原判決書添付の別紙第二の物件の写真と同一の内容)の下に「被申請人(被控訴人)が申請人(控訴人)の所有する登録第457095号(額縁)を為作した縄文漆器側面」と記載している点(このことは記録上明白)、控訴人の原審での主張及び本件口頭弁論にあらわれた弁論の全趣旨に徴し、右の主張は当審での新な予備的請求原因の主張の追加であると解するけれども、控訴人の原審での従来の主張と右の主張とを仔細に比較検討し、その主張を為すに至つた時期及び本件訴訟の経過に徴すれば、右の如き主張をすることは請求の基礎の変更とはならず、かつこれによつて著しく訴訟手続を遅滞せしめるおそれのあることが認められないから、該主張は許すべきものと解すべきであるが、被控訴人が右別紙第二の物件を製造していることを肯認するに足る資料がない(この点に関する甲第四号証、同第六号証の各記載、原審証人八田為吉、当審証人大野喜久男の各証言は、原審並びに当審証人岡田健嗣、当審証人巽谷秀雄の各証言と対比して措信できない)ので、別紙第二の物件が、登録第三九九五四五号ないしは登録四五七〇九五号の各実用新案権を侵害するかどうかについての判断をするまでもなく、控訴代理人の右の主張は理由がないものといわなければならない。

以上の次第で、控訴人の本件仮処分申請は、その余の点に対する判断を為すまでもなく理由のないことが明らかであるから、昭和三十五年二月二十四日なされた本件仮処分決定を取消し、控訴人の本件仮処分申請を却下すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は結局相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することゝし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 広瀬友信 高沢新七)

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